まだまだ
「私はまだ『これが自分の小説である』
と言えるほどのものを書いていない」
かつて、作家・山本周五郎が自らの小説に対して綴った所感である。
『赤ひげ診療譚』『樅ノ木は残った』など、
数々の名作を発表した後のことである。
周五郎は「すべては『これから』のことである」
と強調する。
彼の心は「これまで」に書いてきたものに
関心はなかったのである。
「生涯一書生」を座右の銘とした作家・吉川英治も、
常に前を見つめ、高みを目指した。
「小さな山の頂へ、
ドッカと胡床〔あぐら〕をかいてしまうようなことになっては、
もう人間もお仕舞である。
進歩も発展も何も彼〔か〕もなくなる」と。
今が順調であれ、逆境であれ、
そこを出発点として未来へと前向きに生きる。
「いよいよだ」と挑戦を重ねていく。
そんな生き方がいい。
人は過去の栄光に安住する自身に、
なかなか気づかないものだ。
そこに慢心が忍び寄る隙が生まれる。
だからこそ、慢心を打破する地道な実践が大切になる。
油断を排し、いつも「さあ、これから」と、
惰性を打ち破る日々でありたい。