教化でなく感化を

吉田松陰は、体当たりで青年を触発する人であった。

 

松下村塾では、塾生たちに

 

「教授は能はざるも、君らと共に講究せん」と語り、

 

長机の中に分け入って談論。

 

ある時は食事を共にし、

 

外に出て一緒に運動することもあった。

 

講義の内容も自由自在。

 

全国を歩いた冒険譚、

 

海外渡航に挑んだ武勇伝……。

 

彼が語る赤裸々な体験に、皆が魅了された。

 

塾生の大半は、

 

選りすぐりの秀才ではなく、

 

近所に住む普通の若者たち。

 

それが急速度に成長したのは、

 

松陰が理屈で「教化」したからではない。

 

自らの姿で「感化」したからであった。

 

 

 

よく「子どもは親の背中を見て育つ」と言われる。

 

言葉の綾ではないが、「背中」を見せるには、

 

親が前を進んでいなければならない。

 

絶えず自らが向上を目指すところに、

 

教育の基本がある。

 

生徒たちの育成も同様だろう。

 

特に、若者の感性は鋭い。

 

教える人が〝何を言ったか〟以上に、

 

〝どう行動しているか〟を見つめているものだ。

 

 

 

 

 

教える立場にいると、

 

教わる側のキモチが分かりにくくなる。

 

ベテランになればなるほどその傾向が強くなる。

 

そうならないような

 

アクションをときどき意識してするようにしている。

 

今回は、普通二輪の免許取得を目指し、

 

教習所に通ってみた。

 

教習所には年齢も様々な多くの人たちがいる。

 

でも、そこにいる人たちはみんな目的が同じ「同志」のようなものだから

 

話もはずむ。

 

何よりも、私にとっては教えてもらうことが新鮮で楽しい。

 

教官たちはみんな優しくて親切で面白い。

 

引き込まれていく自分がいた。

 

時間が流れ、あっという間に最後の卒業検定のときがやってきた。

 

その日の受検者は8名だった。

 

最年長は70歳越え!

 

でも、同じ緊張感を味わっている仲間だからか

 

ココロも通じ合い、みんなで励まし合った。

 

自分の順番がやってくるときは本当にドキドキした。

 

みんなが終わってから合格発表。

 

教官の方の演出やことばは

 

私も今後使わせてもらおうと思うほど

 

ココロにささる素晴らしいものだった。

 

この気持ちはやってみなければわからない。

 

 

 

 

 

 

うちの塾でも、

 

世代や立場の垣根を越えて、

 

共に学び、共に語り、共に成長していきたい。

 

今回も、大いに学ばせてもらった。

 

早速塾で活かしてみようと思う。

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