「~な」の重要性

文科省のサイトに

 

英語教育・日本人の対外発信力の改善に向けて(アクションプラン)というのがある。

 

ざっくりいうと日本の英語教育や日本人の英語力の弱さを何とかしようというものだ。

 

この中で気になるところがある。

 

この手の話題ではおなじみの、各種試験における日本人のスコアが低いということが取り上げられているのだ。

 

ちなみに、TOEFLを運営するETSは、オフィシャルサイトで

 

このように書いている。

 

「TOEFLテストスコアを元に国別のランキングを作ることは

 

データの誤った使用であり、

 

テストを作成しているETSはそれを認めていません。」

https://www.toefl-ibt.jp/educators/toefl_library/resource/

 

文科省の役人は

 

自分もいい点数を取ってきたのだろうか。

 

いい点数をとれたら

 

英語を使って今よりもよい状況が作れると思っているのだろうか。

 

でも、英語が使えることだけでは

 

武器になりえないだろう。

 

英語を母国語にしている人はみんな英語を使っているのだから。

 

 

 

 

 

 

多くの人が勘違いをしているのは

 

職業名や学校名を夢にしていることだと思う。

 

「将来は英語を使う職業に就きたいです」っていう人がいる。

 

これって職業名ですらない。

 

「客室乗務員になりたいです」っていう人は少しだけましだ。

 

でも、よく考えてみてほしい。

 

もし、客室乗務員になれたとしたら

 

叶ってしまう夢で本当にいいのだろうか。

 

客室乗務員になることは

 

スタートラインに立つだけではないのか。

 

すべてはそこから始まるのではないだろうか。

 

実は、受験も同じなのだ。

 

「〇〇高校があこがれです」

 

「〇〇大学に入学することが夢です」

 

これでは、入った時点で夢がかなってしまうのではないだろうか。

 

実際に、〇〇高校には、

 

物凄いがんばっている生徒もいるだろうし、

 

全くダメな生徒もいるだろう。

 

成績が全くダメな生徒の多くは

 

入学することが夢だった人が多いのではないだろうか。

 

でも、入学することを夢にしてしまう受験生から見ると

 

入試に受かっている在校生は

 

みんな光を放っているように輝いて見えているに違いない。

 

ほんとうはピンキリなわけだけれども。

 

だからこそ、

 

自分のあこがれる職業名や学校名の前には

 

「~な」という修飾語をつける必要があるのだ。

 

「部活も勉強も全力で取り組み、仲間を大切にする〇〇高校生」

 

なんてどうだろうか。

 

 

 

 

 

 

話を英語学習にもどそう。

 

英語使いこなせる人になりたいという人がいる。

 

英語を使いこなせる人の前に

 

修飾語をつける必要があるのだと思う。

 

そうでなければ

 

いつまでも勉強が終わらずに

 

点数だけを目標に頑張らなければいけないのではないだろうか。

 

〇点取れるまでは・・・・・

 

なんて言っていたら、先ほどの

 

〇〇高校や〇〇大学に合格することが目標ですと言っている人と

 

同じではないだろうか。

 

英語はあくまで道具だ。

 

数年前に私が感銘を受けた動画を見てほしい。

 

この方は、英語学習の本質を語ってくれていると思う。

 

著作も何冊かもませてもらっているけれど

 

どれもいいものだ。

 

ただし、この方が前に修飾語をつけるならば

 

「純ドメ留学経験ナシだけど、

 

入場料1000$の海外カンファレンスで

 

英語でプレゼン出来るような」のようにとても長くなると思うけれど。

田端信太郎 | MEDIA SUMMIT

リンク先の動画をご覧あれ。

https://note.com/tabata/n/n1b5498d96e38

 

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