原点
私が定期的に訪問するサイトがある。
元灘中高の英語教師木村達哉先生のサイトだ。
木村先生は教え子の前田智大氏と2度対談している。
2度目は先週の日曜日だった。
前回は前田智大氏から
「日本では東大や医学部に入っただけで天才!などと報道したり
母親が講演・出版をしたりするが、
アメリカでは合格しただけでは
これからどういう人になるのかわからないので騒がれることはない」
という興味深い発言があった。
前田智大氏も、灘校からMITに進み、天才と騒がれただろう。
しかしハーバード大学にしてもMITにしても、
その大学に入っただけで騒がれることはあり得ないというのだ。
たかだか合格しただけでは、
その学生が有能かどうかはわからないのだから
騒ぐのはナンセンスだということだ。
たしかに正論だが、アメリカではそういう発想が一般的なのだろう。
日本とは大違いの発想だ。
でも、大学がゴールなわけではないのだから。
入口に立ったばかりで、
これから立派な社会人としての準備をしていくわけだから、
大学合格程度で騒ぐのは間違いだというのは真実だ。
中学や高校はなおさらだ。
人生100年時代なのだから、
18歳時点でのペーパーテストの点数で
残りの80年の人生が決するということはないというのは
至極当然なことなのだ。
では、小中学生があまりガツガツと学ばなくてもいいのだろうか。
そうではないと私は考える。
小中学生のうちにこそ人生の「原点」と呼べるような経験をすることが重要なのだと思う。
その経験が支えとなり、次の挑戦に向かっていくことができる、それこそが「原点」だ。
その様な経験は若ければ若いほど感受性も強いのでいいと思うのだ。
プロ野球の広島カープを好きな人ならば知っていると思うけれど
野球殿堂入りもしている元広島カープの北別府学氏。
彼が200勝を達成し脚光を浴びていた時期、
取材されたときのこと。
感銘深かったのは
「一番の宝」と語っていた思い出。
それは、華々しい実績ではなく、
高校時代、往復約40kmの山道を自転車通学したこと。
「暑くても寒くても、休まず自分の足でペダルを踏み続け、
3台の自転車をつぶしました。
苦しい時、それを思い出すと、勇気がわく」と。
これが北別府氏の努力の「原点」なのだ。
氏が言っているように「原点」とは人生の宝物なのだ。
他人がとやかく言うものでもない。
自分の心の中にいつでもあるものだ。
一生ものの宝物だから生涯決してなくなることはない。
ここからその後の努力とその結果の活躍のドラマが始まったのだ。
努力は見えにくいもの。
人に分からなくてもいい。
「自分はこれだけやってきた」といえる「宝」を持てる人は幸福だ。
それに比べれば一時の人気や評判など、あまりにもはかない。
大地に根を張った人のみが風雪に耐え、勝利の人生を開いていけるのだから。
「原点」は野球でも自転車でもいいと思う。
人それぞれ、十人十色であったほうがいい。
でも、学習を通して人生の「原点」を作っていけたらいいと
私たちはいつも真剣に考えている。
そんな想いに共感してもらえる小中学生、そして保護者の方、
辻本塾へようこそ。
無料体験授業、新年度保護者会でお会いしましょう。