電池

電気自動車の全固体電池を日本の企業が開発中だというニュースを見た。

 

急速充電は10分以下(充電率:10%→80%)が目標

 

早ければ4、5年後の実用化を目指しているそうだ。

 

 

 

だから、今日は電池の話。

 

さて、電池の歴史は

 

今から約220年前の1800年

 

イタリアの物理学者 ボルタによって発明された

 

「ボルタ電池」から始まったとされている。

 

電圧の単位「ボルト」は、ボルタの名前をとったものだ。

ボルタ電池

 

 

 

 

日本で最初の電池は

 

1854年アメリカのペリーが日本へやってきた時に

 

幕府へのおみやげとして伝えられたもの。

 

ただしこれは私たちが現在使用している乾電池ではなく

 

液漏れをする液体電池だった。

 

このように

 

日本での電池の歴史は

 

明治維新から始まっている。

 

明治21年

 

ドイツのガスナーが

 

電解液を石膏で固めて

 

持ち歩いてもこぼれない電池を発明した。

 

この電池はそれまでの液体電池に対して

 

「乾電池」と呼ばれるようになった。

 

乾電池の名前の由来だ。

 

実はガスナーよりも先に

 

日本でも屋井先蔵が

 

独自の方法で

 

世界に先駆けて乾電池を作り上げていた。

先人に学ぶ 屋井先蔵 電気の時代を先取りし「乾電池王」と呼ばれた発明家

 

 

その後、屋井乾電池という会社を設立。

 

海外品との競争にも勝ち

 

日本国内乾電池界のシェアを掌握し

 

屋井氏は乾電池王とまで謳われるようになった。

屋井が発明した乾電池。『日本乾電池工業史』によると、1891年に仕上げた電池は、高さ約12cm、幅約10cm、奥行き約6cmの角型だった。

 

 

 

独自に乾電池を発明した屋井先蔵氏だが

 

彼の人生は「失敗」の連続だったという。

 

明治初期、先蔵は工学的知識を学びたいと上京。

 

志望校を目指し猛勉強するが受験に失敗。

 

背水の陣で臨んだ2回目の受験では

 

不覚にも寝坊し、

 

入試に5分遅刻。

 

門前払いで夢破れた。

 

“5分”に泣いた先蔵はその後、独学を続け、

 

ゼンマイに頼らない「完全電気時計」を完成。

 

だが全く売れない。

 

問題は液漏れなどを起こしやすい電池にあった。

 

苦闘の中で思いついたのが

 

環境の変化に強い「乾電池」。

 

昼は仕事、

 

そして未明まで実験に打ち込み

 

遂に発明に成功した。

 

今までの話の中で

 

一番ともいえる大きな失敗

 

それは

 

特許の申請を工面できず

 

初の乾電池の発明者として

 

名前を残すことができなかったというだと考える人は多いと思う。

 

 

 

 

 

しかし「失敗は成功の母」という。

 

失敗の積み重ねがあるからこそ、

 

本当に質の高い「成功」が生まれる。

 

人生も同じであろう。

 

失敗や悲哀を乗り越えてこそ

 

人間性は磨かれ、人生も一歩深いものとなる。

 

大事なのは苦難に打ち勝つ楽観主義かもしれない。

 

 

 

 

 

 

後日談となるのだが

 

2014年、日本の乾電池産業に多大な貢献をしたとして

 

米国電気電子学会が

 

屋井の発明を表彰した。

 

社会や産業の発展に寄与した歴史的偉業として

 

時代を超えて認められたのだ。

 

独創性と不屈の精神で時代を切り開いた屋井の功績は

 

今に受け継がれている。

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