友情

そういえば最近、竹馬で遊んでいる子を見かけない。

 

私の通っていた小学校には

 

何十という竹馬があって

 

それを使って遊んでいたなあ。

 

子どもの発達を促す昔の遊び【竹馬編】 | 『べすとびじょん』日本ビジョントレーニング普及協会

 

さて、遊具としての竹馬の起源は実は明らかではない。

 

中国の歴史書「晋書」には、4世紀の東晋時代の軍人・桓温が、

 

ライバルの殷浩を指して語った言葉が記されている。

 

“幼い頃、私は彼と一緒に竹馬で遊んだが……”等と。

 

ここから、幼なじみを意味する「竹馬の友」という言葉が、

 

生まれたとされる。

 

 

 

「メロスには竹馬の友があった」。

 

親友セリヌンティウスとの信義を描いた太宰治の名作『走れメロス』

 

の一節である。

 

 

 

 

 

真の友情とは何か。

 

2人の姿は、そんな問いを私たちに投げ掛ける。

 

 

 

 

友情には「上中下」がある。

 

「下の友情」はいわば“一緒に楽しんでいこう”というもの。

 

「中の友情」は、目的を共有した“励まし合いの友情”だ。

 

そして「上の友情」とは、「同志のつながり」であり、

 

「互いに命をかけていく友情」である。

 

いかなる嵐や吹雪にも理想を手放さず、

 

友を裏切らない。自分も裏切らない。

 

どうかそういう真の友情を育んでいける人に――

 

 

 

 

 

57年前の東京五輪のサッカー競技では、

 

日本が初戦で強豪アルゼンチンを破る大金星を挙げた。

 

当時代表選手だった川淵三郎氏が、当時を振り返った。

 

試合後の控室に関係者が押し寄せ、

 

選手たちも抱き合って喜んでいた時のこと。

 

ドイツ人コーチのクラマー氏が言った。

 

“きょうは多くの友達が来るだろう。

 

でも今、本当に友達を必要としているのは、アルゼンチンのチームだ。

 

だから僕はこれから彼らのもとに行く”

 

その後、日本は準々決勝でチェコスロバキア(当時)に完敗。

 

試合後、閑散とした控室で氏は語った。

 

新しい目標へ練習を始めよう。

 

みんなに言いたいのは、きょう来る友達は数こそ少ないだろうが、

 

それが本当の友達だということだ

 

困難の時こそ本当の友が分かる――古今東西の真理だろう。

 

人生、いつも順風とは限らない。

 

だからこそ、苦境の人に寄り添い、

 

励ましを送る友の存在が大切だ。

 

そんな友が欲しいと思っているだけではだめだ。

 

自分がそんな友になってみせると自分が行動しなければ。

 

そんな行動に見返りを求めないのが友情なのだから。

 

竹馬の子どもたちに心でエールを送りたい。

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