選ばれる立場

うちの塾の地域では

 

公立小を卒業する小6生の数と

 

地元の公立中の新中1の入学者の数を比較した場合、

 

大雑把に言うと10パーセント程度減少している。

 

転入生もいるし、転出生もいるけど、

 

大雑把な計算だからプラスマイナスゼロとして考える。

 

その10パーセントは、

 

受験をして、私立中に通う人の割合だ。

 

約10パーセントは小6で受験をするが、

 

約90パーセントの大多数は、

 

高校受験が受験デビューになるということだ。

 

 

 

今回は、高校受験そのものが、

 

子どもたちを「他人から選ばれる立場にする」という話をしたい。

 

 

 

 

小さい頃は、なんでも自分から選んで、

 

そしてその通りになることが多かったはずだ。

 

しかし、年齢が上がることに、徐々に自分の選んだものが

 

そのまま自分のものになることは少なくなってくる。

 

それどころか、逆に相手から選ばれるようになってくるのだ。

 

高校もそうだ。

 

高校は入学する人を、受験者の中から入学させるに値する人を選ぶ。

 

だから、高校受験はほとんどの生徒たちが初めて相手から選ばれる

 

人生の記念すべき一歩なのである。

 

実はこれからの人生は、選ばれる機会のほうが多く続くことになる。

 

入試はもちろん、就職や結婚も、すべて相手が「ウン」と言わなければ成立しない。

 

そういう意味でも、入試というのは素晴らしい機会だと私は思っている。

 

大人になる第一歩なのだから。

 

選ばれる立場である限りは、

 

選ぶ側に気に入られる必要がある。

 

認めてもらわなければ選ばれない。

 

誤解しないでほしいのは、

 

選ぶ側に媚びを売ればいいというわけではないことだ。

 

相手が求めているものを知り、

 

それを提示するのだ。

 

例えば、

 

公立高校でいえば、

 

調査書(通知表)と検査当日の得点が求められる。

 

その他、検定などによる加点も学校ごとに異なる。

 

検査当日の得点は、過去問を徹底研究することで

 

高得点がとれる。これが一番大事。

 

通知表は、観点別の評価項目で詳細が示されている。

 

特に、来年度からは観点が大きく変わるので

 

注意が必要だ。

 

ときどき

 

「頑張っているけど、通知表が上がらない」と嘆く生徒がいる。

 

独りよがりの頑張っているではだめなのだとアドバイスをしている。

 

繰り返すが、

 

選ぶ立場で、考えて行動しなければ成績は上がらない。

 

社会に出てからでも同様だ。

 

 

 

自分のことをよく見てくれていないとか

 

評価が低いことに文句を言う人がいるが

 

それは自分基準の評価ではないか。

 

相手はどんな価値観を大事にしていて

 

何が評価されているのかを考えなければ、

 

いつまでたっても納得の評価などは出るはずもなく、

 

愚痴しか出てこないだろう。

 

他人が自分を評価するということは

 

他人の価値観を評価基準などをしっかり理解するところから始まる。

 

媚びを売ったり、ごまをすったりするわけではない。

 

 

子どもたちが「選ばれる人」になれるように

 

考えて行動できる人になってもらいたいと願う。

 

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