踏み台

唐の時代の有名な文学者・思想家、韓愈(かんゆ)が言いました。

 

“弟子不必不如師,師不必賢于弟子。”

「弟子が師に及ばないとは限らないし、師が弟子よりもすぐれているとは限らない。」

 

 

 

中国の南北朝時代の北朝に李謐という人物がいました。

 

李謐は初め孔潘に弟子入りして学んでいました。

 

孔潘は大きな学問を持つすばらしい人で、

 

自分の知識を惜しみなく、全部弟子に教えていました。

 

そして、この弟子である李謐は頭がすごくよく、

 

一生懸命勉強していたので、その進歩はめざましかったです。

 

知識をいっぱい蓄えました。

 

数年の後、孔潘は李謐の方が自分より学問が進んでいると感じ、

 

自分が疑問に思っていることなどを、よく李謐に尋ねるようになり、

 

最後に自ら進んで李謐の弟子になりました。

 

 

 

 

先生は決して完璧な人間ではなく、いつか超えられる存在です。

 

学生が先生から学び、先生も学生から学び、

 

どんどん自分の教養を高めていく。

 

そういった”教学相長ず”

 

「お互いに学びあい、成長していこうとする気持ち、姿勢」が大事なのです。

 

先生とは、旅の目印になるランドマークのようなものです。

 

そこを目指して行きますが、

 

そこはゴールではなく、通過点なのです。

 

生徒はそこで止まってはダメです。

 

学ぶことを継続しなければいけないのです。

 

先生の役割は跳び箱の踏み台と同じです。

 

いい先生ほど跳び箱と言う高い壁を越えようとする生徒たちに

 

高い反発力を与えて挑戦を成功させてくれます。

 

 

生徒が先生を越える例えとして、「青は藍より出でて藍より青し」が使われることがあります。

 

この言葉はもともとは、学ぶことは継続しなければいけませんという意味で使われるものです。

 

これは原書の前後を見てみるとよく分かります。

 

「君子曰く、学は以(もつ)って已(や)むべからず。

 

青はこれを藍より取りて、藍よりも青し。

 

(こおり)は水これを為(な)して、水よりも寒(つめ)たし」

 

訳はこうなります。

 

【君子がいった。学問は中途でやめてはいけない。

 

青という色は藍という草から取るが、

 

その色は元になっている藍よりもいっそう鮮やかな青色になる。

 

氷は水が元になってできるが、いったん氷になると、水よりももっと冷たい。】

 

つまり、学問は中断してはいけない。

 

努力すればするほど精錬されてすぐれたものになる

 

というのが本来の意味である。

 

 

成長の夏がやってきました。

 

学ぶことをやめてはいけません。

 

日々アタマをきたえましょう。

 

そうした弛まぬ努力がいずれ先生を越えていくくらいの成長につながるのです。

 

応援しています。

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