言霊

志木市のホームページを見ていたら

 

ゴミの出し方についてのページがあった。

 

「可燃ごみ」「不燃ごみ」って書かれていた。

 

最近では

 

そのような言い方ではなくなっている自治体が増えてきている。

 

いずれは言い方を改めるのだろうと思う。

 

「可燃ごみ」ではなく「燃やすごみ」

 

「不燃ごみ」でなく「燃やさないごみ」

 

可燃とは「燃やすことができる」の意味だ。

 

燃やすことができるから

 

燃やすのではもったいない。

 

その中にはまだ使えるものがあるからだ。

 

そのような意図があって呼称を変更したのだろう。

 

こういうのが広く定着したときには、

 

ごみに対する考え方も

 

大きく変わっていくと期待している。

 

 

 

 

言葉って

 

同じようなことを伝えるものでも

 

選び方次第で

 

受ける印象が全く違ってくるものだ。

 

 

 

例えば

 

塾の指導形態を

 

集団指導って呼び方をしていることがある。

 

集団とは、

 

多くの人が集まって作るまとまりのことだ。

 

まとまりに対して指導をするのが集団指導。

 

反意語は個人指導になる。

 

つまり、

 

集団指導という言葉からは

 

一人ひとりに対して指導していくというニュアンスが

 

伝わってこないのである。

 

実際はそうでないだろう。

 

一人ひとりを指したり、

 

机間巡視しながら一人ひとりに声をかけ、

 

時には熱く激励してみたりするだろう。

 

 

 

しかし、言葉は伝えるために使うものなのだ。

 

集団という言葉では伝わらないのだ。

 

 

塾業界にかかわらず

 

いろいろなことが

 

考えることなく

 

横並びに模倣されることがある。

 

 

 

いいものならば結構だが、

 

集団指導の呼び方は

 

いただけない。

 

https://www.city.shiki.lg.jp/index.cfm/37,2559,149,588,html

 

 

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