打席

ネクストバッターズサークル。

写真+文] [337] ネクストバッターズサークル|僕の夕陽 MY SUNSET

 

バッターがピッチャーと対峙している間、

 

次の打順のバッターが順番を待つ場所だ。

 

そこにいる選手が、

 

自分の前のバッターがピッチャーと対峙するのを見ながら

 

一体何を考えているのかを想像するのが私は好きだ。

 

 

 

人生においてはっきりとしたネクストバッターズサークルはない。

 

いつチャンスがくるかもわからないし、

 

そもそもチャンスと気づかずに見逃すことも多いだろう。

 

それでも誰の人生にでも一度や二度はバッターボックスにたつチャンスが回ってくる。

 

問題はいつ来るのかがだれにもわからないことだ。

 

世の中には、バッターボックスに立つことを想像しながら生きている人生と、

 

そうではない人生がある。

 

もし自分に番が回ってきたら。

 

もし今のバッターが自分だったら。

 

そう考えながら生きている人生と、観客の人生だ。

 

バッターボックスに立つことを想像している人かどうかを見分けるには

 

質問してみるといい。

 

自分ならどうする?

 

普通はこうすべき、や、こうすることが正しい、

 

という返事が返ってくる人はバッターボックスに立つことを想像していない。

 

今日見た野球の感想を言う観客であればそれでいいけれど、

 

バッターボックスに立つ当事者としては

 

正しい答えなんて役に立たない。

 

バッターボックスに立つことを想像している人は、

 

自分ならこうします、という答えを持っている。

 

 

中学生だったら、

 

生徒会役員とかがステージの上でしゃべっているとき、

 

自分だったらこう言おうと思う。

 

部活動の部長が部員にアドバイスしているとき、

 

自分だったらこうしようと思う。

 

入試の合格風景をみて、

 

自分が合格した時はこんなリアクションしようと思う。

 

などなど世の中のいろんな事象を見ながらもし自分の番がきたらこうしようと想像する。

 

それだけで十分だと思う。

 

観客の人生は当事者としての想像がない。

 

 

 

想像している状況は自分の人生で起きないかもしれない。

 

それでも具体的な対応を想像しておくことで、

 

幾分か自分の思考のトレーニングにもなると思う。

 

観客の人生は、主体的な想像力を欠いている。

 

だから本当にチャンスがこないし、

 

来ても想像もしていなかったから見逃したり空振りしたり怖気付いて

 

次の人にチャンスを渡してしまう。

 

そしてそのことにすら気がついていない。

 

受験当日は今まで蓄えてきたものを出すだけだ、というのはよく我々の世界では言われている。

 

順番が回ってきてから考える人は勝負に間に合わないのだ。

 

明日、順番が回ってくるかもしれない、

 

そんな感覚を心のどこかで持っていたい。

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