学ぼうとする姿勢は人類に普遍的である

原ひろ子先生は、1959年にアメリカ合衆国に留学し、大学院留学生の立場でカナダの国立博物館に手紙を書き、

 

支援をとりつけて、カナダ極北の地で生活する狩猟採集民をフィールドワークする機会を得ることができたのです。

 

一緒に村に入ったのは、カナダで修士号を取ったばかりのジェニス・ハールバートという、

 

ほぼ同い歳の女性研究者でした。

 

国籍も立場も違う若い女性がたった二人で、

 

未知の民族の暮らしのなかに飛び込んだのは、

 

すごいことだと思います。

 

さらに、その後に続く本調査では、

 

原先生は一人きりで、厳しい冬の生活に挑戦されています。

 

その極北の狩猟採集民は、当時の論文などで、ヘヤー・インディアンと呼ばれていた人々です。

 

ヘヤー hareとは、彼らが食べる野兎のことです。

 

彼らの住む北極圏線のあたりは、10月に河川は結氷し、

 

冬の気温はマイナス50 ℃にもなります。

 

したがって、動植物も豊かではありません。

 

兎だけでは空腹を満たすのには十分ではないのですが、

 

それ以外にあまり食べるものがありません。

 

このように厳しい環境のなかで、

 

彼らは数家族でグループになってテント生活をし、

 

獲物がいなくなれば移動する、といった暮らしをしていました。

 

彼らの暮らしを知るには、

 

研究者も一歩間違えれば生命を危険にさらしかねない厳しい環境のもとで、

 

彼らと共に暮らさなければなりません。

 

そういうとき、皆さんならどうするでしょうか。

 

あらかじめ、どのような道具をそろえ、

 

それをどのように使って、どんなふうに暮らせばよいのか、

 

誰かに教えてもらおうとするのではないでしょうか。

 

原先生も教えてもらって準備しようとしました。

 

こんなエピソードがあります。

 

原先生は6月に集落に入ったので、

 

雪が降りはじめる9月の前に、

 

かんじきの使い方を教えてもらおうと考えました。

 

かんじきというのは、スキーのような装具で、

 

靴にくくりつけて雪の上を歩くのに使います。

 

これがうまく使えなければ、みんなの移動生活についていくことはできません。

 

ついていけずに取り残されてしまったら、自分の命にかかわります。

 

だから原先生は、雪が降る前にその使い方を教わろうとしたのです。

 

しかし彼らは、「冬がきて、雪が降って自分ではいてみればわかる」と言うばかりで、

 

雪もないのにかんじきを履こうとする原先生のことをおもしろがって笑いました。

 

そもそも、彼らにはやり方を人から「教えてもらう」とか、

 

「教えてやろう」という考えがないようだということに原先生は気づきます。

 

「誰からムース(アメリカオオツノジカ)のしとめ方を習ったのか?」と聞かれれば、

 

「自分で上手になった」と答えます。

 

また、皮のなめし方にしても、大人は子どもに手取り足取り教えることはしません。

 

子どもは大人がやっているのを見て、自分でやってみるようになります。

 

最初のころは大人ほど上手でないので、

 

周囲の人も出来上がったものを見て「ヘンだ」と言ったりはするのですが、

 

「こうしたらいい」とやり方を教えることはありませんし、

 

子どももどうしたらいいかを尋ねたりしません。

 

「ヘンだ」と言われた子どもは、ほかの人が皮をなめす様子を見たりして、

 

「ヘン」なところをなんとかしようと工夫し、やがて「自分で」できるようになるのです。

 

彼らの子どもたちも、いろいろなことができるようになるために学ぼうとはしています。

 

しかしながら “学ぼうとする意識的行動は人類に普遍的といえるが、

 

「教えよう・教えられよう」とする行動は、絶対普遍のものではない” という発見は、

 

原先生がこのフィールドワークを通じて得たユニークな知見の一つです。

 

【中略】

学ぼうとする姿勢は人類に普遍的だが、

 

そのやり方を誰かに教えてもらおうとする姿勢はそうではない、

 

という発見は、まさに、急激に変化する現代だからこそ、

 

私たちが原点とすべき生き方の知恵なのです。変化がゆるやかに進んだ時代には、

 

何を学べばよいかがすでに確立しており、それを教えてくれる人がいたかもしれません。

 

しかし、技術革新にも世界情勢にも変化の激しい現在、その先に何があるかを知り、

 

どうすべきかを教えてくれる人はいません。

 

自ら学ぶしかありません。

 

そしてその学びには終わりはありません、大学を出てからも続くのです。

 

原先生は、異質な文化を生き、異なった考え方をもつ人たちと、

 

人間としてつきあうことを通じて、新しい見方を楽しみながら学んでいきました。

 

原先生のこの姿勢は、これから、まさに変化の時代を歩む皆さんを大いに勇気づけてくれるでしょう。

 

そして、皆さんには、社会のなかで学び続ける姿をあとに続く人々にも示し、

 

率先して新しい時代を切り開いていってほしいのです。

 

そして、何より、その過程を、大学での学びと同じように、楽しんで進んでいってほしいと願っています。

 

もちろん時には、壁に突き当たることや挫けそうになることもあるかもしれません。

 

そんなときは思い出してください。

 

東京大学はこれからも常に、皆さんと共にあります。

 

卒業は終わりではありません。

 

また、東京大学で学んだ仲間は、世界中にいます。

 

皆で一緒によりよい未来社会を作っていきましょう。

 

卒業誠におめでとうございます。

 

令和元(2019)年9月13日
東京大学総長
五神 真

 

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