地図

江戸時代の村々では、地図にあたる「村絵図」を作った。

山白石組北山形県村絵図 文化遺産オンライン

 

合わせると「国絵図」になり、

細見美濃国絵図 - 岐阜県公式ホームページ(歴史資料館)

さらに集成すると「日本総図」になる。

File:「慶長日本総図」.jpeg - Wikimedia Commons

だが、その精度は、同時代に伊能忠敬が作製した日本地図に及ばなかった。

 

 

 

 

 

忠敬が用いた測量法は、

 

 

工夫こそ凝らしているが、

 

 

当時の一般的な方法で、

 

 

技術には大差ない。

 

 

 

 

 

 

では何が違ったか。

 

 

それは“志の大きさ”であるという。

 

 

忠敬は「地球上における日本の位置と形を明らかにしようとした」のだ。

 

 

 

 

気宇壮大な忠敬は、

 

 

一方で、実際の仕事は丁寧だった。

 

 

現地を自分の足と目で測量した。

 

 

調査の及ばなかった場所は、

 

 

地図には書かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

中学生と話をした。

 

 

クラスの中に勉強のできる生徒がいるという。

 

 

「あの子に追いつきたい」と語っていた。

 

 

その場にいた別の生徒は

 

 

「今回学年トップだった野球部の友だちに勝ちたい」と。

 

 

さらに別の生徒は、

 

 

「北辰テストの志望校別順位で1位をとりたい」と。

 

 

目標は人それぞれではあるが、

 

 

クラスの中、

 

 

学年の中、

 

 

志望校の中、

 

 

それぞれスケールが異なる。

 

 

さらに、まだまだ

 

 

全県、

 

 

全国、

 

 

全世界とスケールは大きくなっていく。

 

 

 

スケールには「物事の大きさの程度」という意味のほかに

 

 

「縮尺」という意味もある。

 

 

 

 

 

志は大きく。

 

 

どんな小さなことも誠実に。

 

 

それが“大きな成長”につながる道だろう。

 

 

200年以上前に伊能忠敬が地図作成の測量をおこなった。

 

 

その地図自体は古いものだが、

 

 

彼の生き方、考え方は古くない。

 

 

学べることは多いはずだ。

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