叶う夢、叶わぬ夢

人は人生でいくつの夢を思い描くのだろうか。

 

そして、

 

そのうちのいくつが叶い、

 

いくつが叶わないのだろうか。

 

もちろん

 

人それぞれだろう。

 

でも、

 

叶う夢よりも

 

圧倒的に

 

叶わない夢のほうが多いのでなないのだろうか。

 

 

どうせ叶わぬ夢ならば

 

なぜ

 

人は夢を見るのだろうか。

 

 

 

たしかに

 

夢をかなえることが目的ならば

 

叶わぬ夢を見ることは

 

合理的ではない。

 

夢を見ることをしないほうが得策だろう。

 

 

 

でも、

 

人はそれでも夢を見る。

 

それは

 

人は知っているからだ。

 

夢は叶えたら終わってしまう、

 

そして

 

人はどんな状況にも

 

時間とともに

 

慣れてしまうことを。

 

あれほど

 

あこがれた状況も

 

暫くたてば

 

日常となってしまうのだ。

 

夢をかなえて

 

しばらく時間が経過して、

 

初めて気づくのだ。

 

本当の価値は

 

夢をかなえるための日々にこそあるのだと。

 

夢に向かって

 

ココロをはずませている、

 

それを「夢中」っていうからね。

 

夢に向かっているとき

 

人は夢を過大評価する、

 

夢が膨らむというように。

 

人は知っているのだ。

 

夢はその過程にこそ価値があることを。

 

 

 

 

先ほども書いたように、

 

夢への挑戦は、

 

叶わないことの方が多いと思う。

 

しかし、

 

本気で夢へと挑戦すると

 

欲しかったものとは

 

違った気持ちを手に入れる。

 

それは充実感だ。

 

合格通知は月日とともに

 

色あせるものだが、

 

がんばった自分に対する自信は

 

一生色あせることはない

 

 

 

夢が叶っても叶わなくても

 

人生は終わらない。

 

時間は止まらない。

 

人は

 

人生の道中で

 

自分自身が変わり

 

夢も変わっていく。

 

 

 

人生の充実感という意味での

 

しあわせは

 

今いる位置でははかることができない、

 

時が過ぎ、

 

振り返ってみたときに

 

ああ、幸せだったのだと感じるものなのだろう。

 

だからこそ、

 

今を生きるのだ。

 

 

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