どんなときも

1868年5月のこと、

場所は東京芝のとある私塾。

旧幕府軍と新政府軍による戊辰戦争のただ中

である。

砲声殷々として江戸市中に響きわたる中、

それでもなお、その私塾では

動ずることなく、

授業が行われていたのである。

流れ弾が直撃すれば、

塾生が死んでしまう。

しかし、

それでもなお、授業が続けられたのは

その塾の信念によるものであったのだ。

 

殺しあうのではない。

私たちは文明人として行動している。

日本を文明国にするか否かは、

私たちの行動にかかっているのだ。

だからこそ、机に向かい、学び抜くのだ、

今は日本中が二つに分れて戦っているけれど、

いずれ平和な世の中になり、

新しい日本という国を創り上げる日が必ず来る。

今、本気で学習している人がはたして何人いるだろうか。

学問によって新しい日本を作りあげるのだ。

誇りをもって学ぶのだ。

ペンは剣よりも強いのだ。

 

一万円札の肖像画でおなじみの

福沢諭吉が創立した慶應義塾のことである。

福翁自伝には

「慶応義塾は一日も休業したことはない」とある。

時代や状況は違えども、

学ぶことに対する

その心意気には大いに見習うべきところがある。

https://www.keio.ac.jp/ja/about/learn-more/tradition/wayland.html

 

 

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