誠実
その少年は、汚れたボールを手に、立ち続けていた。
昭和20年代後半の後楽園球場。
公式戦を終えて出てくるジャイアンツの選手にサインを求めたが
皆、通り過ぎていった。
最後の一人だけが優しくボールを受け取り、
ペンを走らせてくれた。
与那嶺要選手。
本場アメリカ仕込みの猛スライディングで観衆をわかせ、
“史上最高の1番打者”と謳われた往年の名選手だ。
半世紀以上を経て、与那嶺氏が語った。
「どんな人にも、差別なく誠実を尽くすものですね」
あの時の少年こそ、
後に“世界のホームラン王”となる王貞治だった。
その王選手もまた、“あの時”の喜びを忘れず、
サインの要望には真心で応じる姿勢を貫いてきた。
ファンあってのプロ野球選手。
常にサインの求めに素通りはしないだろう。
たまたまその時だけ一人を除いて素通りしたのだと思う。
でも、その「たまたま」が誰かのプラスになりえたはずだと思えるようになるべきだ。
誰に対しても、裏表をつくらず、真っすぐに、誠実に進んでいきたい。
中学生の面談が始まった今、肝に銘じたい。