昔はよかったのか
過去の意味は変えられる。
過去を美化することもできる。
だから、昔はよかったと人は考えやすいのだろう。
当の「よかった昔」はいまは存在しない。
何か残るものがあったとしても
いまはもうないのだ。
よかったと言われる「昔のようなもの」は
もしかするとなんとかつくれるかもしれない。
でも、一人ひとりの思い出の中で
一人ひとりが美化してつくりあげた「昔」は
もはやユートピアであって
きちんと再現することはできない。
「昔」はよかったなあと過度に考えてしまうのは
「現在」そして「未来」に対してあまりにも期待を
していないのではなかろうか。
たしかに、毎日のように、休みなく
不幸なニュースが流れてくる。
昔をリアルタイムで生きていなかった人たちは
こんなことは、いまだかってないと言うけれど
私の知っているかぎりでは
古今東西、ずっとそんなふうに言われてきたはずだ。
ピンポイントでこの時代は最高だなんて時代はなさそうだ。
そうなると、自分の知っている美化された「昔」を
よかったと思う人もいるのだろう。
もちろんそうでない人だっているだろう。
「昔はよかった」という人は
未来を生きることになる今の子どもたちがかわいそうだと言うだろう。
しかし、それって本当だろうか。
昔流行った私の好きな歌の歌詞に
「むかしは良かったねと
いつも口にしながら
生きていくのは
ほんとうにいやだから・・・・・」
って言うのがある。
絶対ゆずれない夢がかなう未来をめざして
現実にここにある「今」をよく見ながら
日々を生きていく。
その日々こそが
振り返ったときに
「昔はよかったね」と振り返るべき昔なのではないか。
私はそう思う。

