新記録
オリンピックを目指しているトップアスリートは
オリンピックに出場できるか、それとも出場できないのか
その2つの間には天国と地獄くらいの違いがあるだろう。
4年に一度しかない夢の舞台に立つために、
長期間におよぶ厳しいトレーニングをつづけてくるからだ。
念願かなって、オリンピックに出場ができる選手もいれば、
涙を呑む選手もいる。
オリンピックの出場をめぐって、
今までにどれだけのドラマが存在したのだろうか。
幻の沖縄初オリンピアンと称された宮城英仁氏をご存じだろうか。
1939年から陸上円盤投げの日本記録を3回更新した。
オリンピック日本代表入りは目前だったのだが、
時は戦時中、戦禍にのまれて出場の夢はついえた。
兵役を終えて帰郷し、
故郷沖縄の惨状を知った宮城氏は
「スポーツで故郷の復興を」と第二の人生を歩む。
1964年に実施された東京オリンピックでは
投てき審判員を務めた。
米国統治下だった当時の沖縄で
沖縄陸上競技協会を設立した。
同協会の会長としても活躍した。
70歳の時には、
同年代の円盤投げ日本新記録を樹立。
戦争に翻弄され、
念願であったスポットライトの当たる選手としての
花を咲かすことはできなかったが、
くさらずに、切り替えて
陰に徹した人生にあって、
夢を失わず、
新たな挑戦を続けた。
その宮城氏が後進に強調したことがある。
それは、
成功の道を進むために
自己の秘められた可能性を
開花させる努力を惜しまないということである。
一人ひとりの中には
自分でも気づかない可能性がある。
それもひとつではない。
それらを引き出すのは、
努力に次ぐ努力だ。
あきらめとか臆病とか
自分の弱い心を越えて
挑戦を重ねていくことが大切だ。
今できることは何だろうか。
それに全力を注いでいこう。
人生の新記録を目指して。
さて、話題は変わって動画の紹介。
見ているだけで、目が回ってきた。
https://www.facebook.com/sona.kyurekhyan.5/videos/772150797072267