待つこと

かつて「待つ」ことはありふれたことだった

 

と哲学者の鷲田清一氏は言う。

 

1時間に1台の列車を待つ。

 

数日後の恋文の返事を待つ。

 

万葉集や古今和歌集など

 

待ち遠しさを歌うことが

 

定番の歌謡の手管があった。

 

それが現代は

 

あらゆる面で“待たなくてよい社会”になった。

 

待ち合わせに遅れそうになれば

 

スマホで連絡がとれる。

 

おなかにいるわが子の性別や遺伝子情報も

 

出生前には判明する。

 

その一方で

 

物事を長い目で見る余裕がなくなり

 

結果が出ないとすぐに別のやり方を追い求める傾向も。

 

そんな現代を鷲田氏は“待つことができない社会”になったとも評する。

 

しかし生活の中で、待つことが必要な場合は少なくない。

 

子育てもその一つ。

 

平均的な母親で1日に40回も

 

「早く!」と、わが子に言っているとか。

 

ぐっと言葉を飲み込み

 

待ってあげることが

 

子どもの成長につながる場合がある。

 

 

 

 

 

「待つ」ことは、必ずしも受け身なのではない。

 

受検生たちは結果を待っている。

 

はじまりの春をイメージしながら

 

待っている。

 

結果を受け止める

 

覚悟を決めながら

 

待っている。

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