弁護士とタクシー
奈良県で弁護士事務所を開いている射場守夫さんという方がいる。
大分県の高校を卒業、
「親元から離れたい」一心で、
何の当てもない岡山県で一人暮らしを始めた。
宅配の運転手、ガソリンスタンド、せんべい屋などのアルバイトを転々とした。
結婚して、3児の父となった。
家族でのドライブ帰り、ふと見上げた空の星を見て、
どういうわけか突然弁護士を目指そうと決意したという。
「当時は、大卒や専門資格などの肩書が大嫌いだったんです。
そこに安住している人が滑稽に思えて。
資格で評価されるという仕事だけはしたくなかったので、
常に努力や工夫が重視される道を歩んできた。
その信念の対極ともいえる弁護士資格に、
あえて挑戦しても面白いんじゃないか……
と雲一つない星空を見て、なぜか思ったのです」
それまでの仕事をやめてタクシー会社を選んだのは、
座り仕事で、勉強の時間が確保できると判断したからだという。
夜勤のタクシー運転手となった。
お客さんが乗ってない時間は講義のテープを流し、
停まっている時間や休憩中は一問一答の択一問題、
論文を解く。
睡眠時間以外は極力勉強に充てた。
起きている時はほとんど勉強していて、
費やした時間は正確に覚えていないという。
5年間、勤務しながら勉強を続け、
弁護士資格を取得した。
「弁護士とタクシーに共通するのは、
人間の複雑さに触れる仕事ということです。
世の中には本当にいろんな人がいると改めて感じます。
私の根底にあるのは、サービス業に従事してきた経験。
手を抜かないだけではなく、
何かの付加価値をつけると人って喜ぶ生き物だと思う。
その予想の斜め上をいきたいな、というのは常に考えています。
そういった配慮は、
タクシーの仕事をしていたからやれている部分も大きいと今は理解できる。
もし仮に大学を出て、素直に弁護士になっていたとしたら、
仕事に対しての意味や意義を見いだせなかったでしょうね」と語る。
事務所のモットーは、相談者と同じ目線に寄り添うことだ。
弁護士の平均年収が10年前に比べ4割減との報道もあるが、
コロナ禍の今でも、射場さんの事務所を訪れる相談者は減るどころか、
増加の一途を辿っているという。