たのしみ
まだやってないけれども
たのしみであるということは
とてもいいことなのだと気づいた。
大人は「まだやってもいなのに」と笑うかもしれない。
子どもには、そういうことばかりだろう。
春になったら小学校へ通うようになる子どもは
まだやってないけど、たのしみにしている。
小学校のなんたるかについて知っていないし
そこで思わぬつまらないことがあるかもしれない。
だけど、よく知らないままで
「まだ小学校に行ってないけど、たのしみ」なのだ。
子どもたちには、やってなかったことばかりなのだ。
そして、やってないからこそ
たのしみなことばかりなのだろうと思う。
大人も、そういう気持ちにならないかな。
やってもいないのに、やったつもりになっていること
だれかがやったら、おもしろくなかったということ
おおぜいの人が経験してよかったと言ってること
そういうのを「たのしみ」にできなくなってる。
「たのしみ」を持つとがっかりするかもしれないから
期待しないようにしているのかもしれない。
子どものまねをして「たのしみ」を探したい。
暖かい2月の終わりに
近所を散歩していたら
ふっと見えた
団地と団地の間のスペースに
暖かな光が差し込んでいて
足元にはクローバーの葉が
絨毯のように敷きつめられているスペース
昔、娘が小さかったころ
「秘密の場所に連れていってあげる」
と手を引かれ
連れていってもらった場所だ。
ちょうどあの日と同じように
幻想的な感じで光が差し込んでいる
そんな光景を見ながら
こんなことを考えていた。
明日から3月
いよいよスタート新年度!