うらやむ

ある日、サッピという王が“変装”して城下へ出かけた。

 

途中、靴直しの老人に質問した。

 

「世の中で一番楽なのは誰だろう」。

 

老人は答える。

 

「王様ですよ。皆、言うことを聞くし、

 

国民は何でも献上する。こんな楽な商売はない」

 

王は一計を案じた。

 

老人を酒に酔わせ、眠っている間に宮中へ運び、

 

「この者を王とせよ」と。

 

目覚めた老人は、立派なベッドや服に驚嘆。

 

「役人がお待ちしています」と、言われるがまま玉座へ。

 

無数の政務が押し寄せるが、さっぱり分からない。

 

疲労で美食も喉を通らず、日に日に痩せ衰える。

 

再び酒を飲まされ、城下に戻った老人。

 

「王様になった夢を見たけど、すっかりまいった」

 

人の苦労は表面だけでは分からないにもかかわらず、

 

恵まれた境遇の人を見ると、つい「うらやむ」感情が湧いてしまう。

 

だが、「うら」(心の意)が「病む」との語源通り、

 

実はあまり健全なものではない。

 

うらやむ心が出るのは、自身の中の「感謝」が薄れている時でもある。

 

感謝の人に愚痴や不満はない。

 

周囲への感謝を忘れず、生きていきたい。

 

 

 

 

 

 

さて、話は変わって高校の先生の話。

 

先日、高校の先生が当塾にいらっしゃった。

 

非常に熱心で行動力のある先生。

 

一番すごいと思うのは、

 

自校を「まじめをバカにしない学校」

 

と言い切るところ。

 

理想論ではなく、実際にその通りなのだ。

 

うわべだけのきれいな言葉ではない、

 

だから、その先生の言葉には重みがある。

 

昔から変わらないすごい先生だ。